コイするオトメの精神構造

恋愛依存症なので小説を書きます。尊敬する作家は内田百閒先生です。

何年ぶりか分からない健康診断で肥満ですねと一言

 バッサリいかれました。

 全世界3人のオリックスファンの皆様、いかがお過ごしでしょうか。私は最近同僚の女の子に「デブいっちょ上がり」というあだ名を付けられました。サラダチキンと特茶を飲みつつ夜な夜な2週間で10キロ痩せるダンスを踊るバケモノは僕です。

偏差値40の女は抱けないと言ったAの話

 あの日札駅高架下の飲み屋で偏差値40の女は抱けないと言い放った彼を口汚く罵った俺もまた、偏差値40の女は抱けないということに気付く28の夜。

 ていうか哲学とか興味あるんですよ~的な雰囲気出してるからそれっぽい話を振ってやったら知識をひけらかす感じがしてクソってお前、俺みたいなサブカルクソオタクが理論武装を至上の喜びとすることに気付くタイミングなんていくらでもあるしなんなら出会って4秒くらいで気付けよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ていうか哲学者の一人も知らないで哲学なんて言葉よく使えるな、すげーわ感心する!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 俺は悪くないぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

政治的な発言をするBMG

BMG「障害や難病を抱える人が国政の場にいることはあっていいと思うし(参議院が代理投票を認めたのもまったくもって正しい判断だと思うよ)、そういう場所は病気や障害の有無に拘わらず開かれているべきだと思うけど、山本太郎が「最も厄介な抵抗勢力」を作る一環として彼等が祭り上げられたというのがひたすら気持ち悪いんだよ。それこそ差別じゃん。差別云々の話って、あくまで他人による差別を見抜く目は自分の差別感情に依るものだから、(そして無垢でない我々はそれを知っているから、)誰も何も言えないチキンレースというか爆弾ゲームになるしかないんだよね。それを分かってて彼らを「最も厄介」と言うんだったら人としてマジでヤバいヤツなんだよ。それはそれとしても、障害や難病を抱える人には彼らの苦しみがあって、その上に彼らの主義や主張があるのだから、いち健常者としては我々が抱える社会の諸問題が解決される方向に彼らが活動するとは思えないから票を入れるということは絶対にしないけどね」(高速オタク話法)

無理して趣味に時間を費やす

 趣味に時間を割くのが億劫になってしまうと、いよいよ心が病んでしまっているサインなのだと言う。まさに最近の自分自身のことだなあと苦笑する。

 以前までは少ない休みを家での休息に充てようなんて発想に至ることはなく、体力の続く限り(どころか体力が続かないとしても)遊ぶ時間だけは全力で確保しようとしていたのだが、どうにも家で何もせずに無為に貴重な休日を潰すことが増えた。それだけ疲れているというのは間違いないのだろうが、無為にしていても気分が晴れるでもなく疲れた気分を引きずったまま時間だけが積み重なっていく。

 そういえば蓮實重彦『伯爵夫人』を読んでいる。実は僕は蓮實みたいなのに憧れて東大で表象やりたいとか思ってた頃もあるんだけど、彼は小説家としては田中慎弥系だよね。「同級生の平岡」で笑っちまったよ。

優しい嘘をついて

 これは僕がブラック企業ここに極まれりって感じの会社勤めをしていた頃の話なんだけど、クソみたいなブラック企業だから給料を時給換算すれば当然のように最低賃金を割り込んでいくわけで(とは言っても僕なんぞは時給換算で900円台だからまだマシな方で、とある奴隷なんかはさらに長い拘束時間とさらに少ない賃金で時給換算600円台を叩き出していてさすがに笑えなかったわけだけど)、そんな折にクソ幹部から「人が余ってるからお前なんか何時辞めてくれても構わないんだからな」とかいう今日び合唱コンクールに向けて気合を入れて仕切りたがる女子中学生でもやらないような方法で詰められたもんだから、人が余ってるんならしょうがないと直属の上司と足を揃えて退職してやったの。

 その会社は不思議な会社で人が余っているのに人が足らないらしく、本当に辞めてやるってなったら直前になって人手が足らないから残ってくれないか、残らないにしてもちょっと退職を遅らせてはどうか、とよく分からないことを言ってくるもんで、とは言っても人手が足りないとかそんなのは企業の側の都合だから一労働者というか一奴隷である僕にとってはなんの関係もなく知ったことではない話なので普通に無視したんだけど、そんなこんなでホトボリが冷めた頃に件のクソ幹部がよもや話している相手が自分に対して鳥葬されろと思っているとは思っていないような感じで話しかけてくる。

 僕は精神異常者だけどちゃんと社会性のパラメータもある程度備えているので、そんな相手とも普通に話してやるんだけど、そうこうしていると聞きたくもない講釈を垂れてくるのよ。長く生きるということは斯くも人を傲慢にしてしまうのかと、自分自身の将来を悲観しないでもない思いと少しばかりの同情心を抱きながらそれにも付き合ってやることにしていたんだけど、僕は偉いのでね、そんな話のなかで一番参考になったのが、これはもう圧倒的に、会社から受け取る給与だけでやっていくのは大変な時代になったからネットワークビジネスに手を出すのがよいっていう話で、クソみたいな賃金で雇っておきながらそんなことを抜かすもんだからもう笑いが止まらない。一体どういう脳の回路をしていたらそういう発想に至るのか、まったくもって謎。世の中には分からないことがまだまだたくさんあるんだなあって。

 

コイするオトメの精神構造

 誰かの言うところによると、男の恋愛は「名前を付けて保存」で、女の恋愛は「上書き保存」なんだそうだ。何を隠そう僕は人間関係を破綻させることを得意技にしていて、男女を問わず、友人関係と恋愛関係とを問わず、仲違いした相手からは決まって見えないところから痛烈な批判を浴びせかけられるのだけれど(そしてそれをどういうわけか毎度のように見つけてしまって笑うわけだけれど)、それを鑑みるに始めに挙げた言説は案外正しくないのではないかと思う。

 とはいえ恨みを抱えられるのも、それの発露を不意に見させられるのも、楽しいばかりではないわけで、過度に情報化されて知りたくもない情報に晒されるのは実に生まれた時代を間違えたかなあと思わせてくれるのだが、そういうわけで円滑に人間関係を進めていこうと心掛けていても、僕にとっては関係が深まるということは理想を求めることと同値だし、あらゆる面で自分にとって理想的な人間など存在しないのだから、畢竟人間関係の究極としての破綻は避けることができないものであるという境地に至る。

 閑話休題、「名前を付けて保存」的恋愛観については、一理あるとも思っていて、というのも恋愛遍歴によって性癖は確実に歪むということを身を以て実感させられる一瞬はどうしてもある。何故だかは皆目見当もつかないが、好みの女子の身長は年々確実に伸びていっている。このままではそのうちオランダ人しか愛せなくなってしまう。どうやら僕は色々なものに影響され易い人間だそうなので(ということを最初に指摘した娘とは二週間と続かなかった)、僕という人間はそうやって少しずつ変化していくのだろうな。

 とまあこんな感じでクソ長くて読み辛い文章を書いている時が一番幸福だっていうやつ。

失われた青春を求めて

 ちなみに僕は『失われた時を求めて』は浪人時代に「スワン家の方へ」だけ読んでザセツしたクチ。そんな僕は十七くらいの頃に「童貞で女を知らない俺には文章が書けない」と、シックリくる文章が書けない理由を「失われた青春」に押し付けて恋愛を始めていくんだけど、女を知ったら文章が書けるようになるかと言えばそんなことはなく、快楽に溺れて文章なんてものは忘れてしまった。

 それでもたまに思い出したように何かを書こうとするんだけれど、当然何が書けるわけでもなく、そんなこんなで二十代がそろそろ終わってしまうし、心なしか腹も出てきた気がする。

 ところで「童貞で女を知らない俺」という自意識が僕の中に生まれたのは、忘れもしない『エディプスの恋人』のせいで、というのも当時小学生だった僕に処女の喪失が重大なイニシエーションであるということを強烈に植え付けてきたのがそれだったのだ。これと谷崎の『秘密』が僕のセックスの原体験。根暗か。

 そんな感じでセックスの原体験は誰にとっても等しく忘れ難いものだと信じている僕は、18歳そこそこのAV女優のデビュー作で冒頭にあるインタビューが抜群に好きなんだけど、それは少女のセックスの原体験がそこにあるからなんだろう。そうやって僕は失われた青春を補完するのだ。根暗か。

 

イカロスの翼

 イカロスという男がいた。

 イカロスは生徒会の仕事をする振りをして某生徒会副会長とイチャつき過ぎたために教師達の怒りを買い(註:今思い返せば怒りを買った本当の原因は素行不良に違いないぞ)、オール3に毛が生えた程度という至極酷い内申書を書かれ、しまいには校舎の赤い男子校に幽閉されてしまった。

 校舎の赤い男子校には女がいなかった。大学生になるのに余計に1年かかったわけだが、その1年間を過ごしたクラスにも女はいなかった。

 正確には、チューター(註:予備校のクラス担任のような存在)が美人で巨乳のおねえさんだったんだが、秋頃から妊婦さんにジョブチェンジした。男子校を出たての獣しかいないクラスだったもんだから、「人に勉強しろとか言っといて自分は(以下自主規制)」などと激しく怒り狂うとともにやる気が減退、東大クラスなのに東大に1人しか入れないボンクラ軍団に落ちぶれた。
 余談だが、同じチューターが担当していた東大理系クラスはぼちぼちだったため、理科系の男には性欲がないということも同時に証明された。

 男達(非童貞のリア充一人を除く)は誓った。「大学生になって、リア充になる!」
 早稲田、慶応、東大、そして北大……。男達はそれぞれの道でリア充を目指した。

 そのうちの一人でもあったイカロスは、天性のズボラさと中学時代に培った義務を放棄しつつ女の子とイチャつくスキル、それに俺好みの塩ラーメンっぽい娘の連絡先を両手に、遥か頭上で燦然と輝くリア充という名の太陽に向かって飛び立とうとした。

 イカロスは両手の翼を羽ばたかせ、リア充へ近づいていく。突然、メールに絵文字を使い出した時期もあった。

 しかし、あまりにも順調な展開に何を勘違いしたのか、イカロスは自分が本物のリア充になれると思いこんでしまった。名前で呼んでみたり、ほっぺをつついてみたり、どう考えても調子に乗りすぎている。
 不幸なことにイカロスは、同時に躁状態にも入りかけていたため、このままイチャイチャしながらなし崩し的に大学を出られるとさえ思っていた。

 そしてY倉(註:高校3年の時の担任の国語教師。忠告の内容は不明)の忠告を無視してリア充に近づきすぎたイカロスは、遂に自分の翼が太陽の熱で溶け始めていることを知る。
 「Y陵祭マジック」(註:いわゆる大学の学園祭でカップルができやすいとかそういうやつ)という夥しい量の太陽光線を浴び、イカロスの翼は羽ばたくことさえできなくなった。リア充にしか許されない、禁断の領域。そこに足を踏み入れてしまったのだ。

 何を思ったのか大学祭を一緒に回れないかと聞いてみたメールに返信はなく(それで何度か失敗しているはずなのに、なんとイカロスは学習能力の低い男なのだろう!)、イカロスは儚くもわずか2ヶ月に散ったリア充への道を走馬灯に見ながら海に落ちてゆくのでありました。

 おしまい。

 高校生の頃に初めて自作したPCに妙な愛着があって何年かに一度起動するんだけど(OSはXP)、なんとなく久々にそのゼロ年代の骨董品を立ち上げてみたら十代の頃の文章を発掘したので。

 

躁と鬱

 かれこれ中学生の頃からずっと躁と鬱を繰り返していて――ただし年齢を重ねていくにつれて躁と鬱の行き来する期間が短くなっているように思える――日記を付けよう、文章を書こうなんて気になったのも鬱を抜けて躁の方に入ったからにほかならない。

 そういうわけで(躁とかけているわけではない、なんて下らないことを思い付いて書いてしまうのもまさに躁)本屋に行き数冊の漫画や文庫をタイトル買いし、果ては部屋の模様替えのために家具屋にまで行ってきた。会員登録された住所が学生時代のものだったため、買った机や本棚が危うく札幌に届けられるところだった。

 半ば衝動に任せた散財ではあったが必要なものだと思うし、ものぐさ星出身のものぐさ星人である僕にとっては自分が勝手に行動力バリバリの人間になる分にはありがたいことなので、まだ自分は健康なんだと思う(ただし言動は攻撃的になる)。

 本屋では高校時代に心酔した谷崎の『陰翳礼讃』が新潮文庫に落ちていたのでつい買ってしまった。僕はクールな新潮文庫の背表紙を信仰しているので、新潮文庫だけで揃えられた本棚を眺めていると快楽物質が分泌される体質なのだ。あと前々から買おうと思っていた桜井のりお『僕の心のヤバイやつ』と背表紙買いした篠房六郎『おやすみシェヘラザード』。おもしろかった。男子校出身なので『僕の心の~』みたいな「失われた青春」を補完してくれる何かはとても好きだ。あと高身長女子。